共有の波は、環境の叫びを汲み取る

共有の波は、環境の叫びを汲み取る

人間は、今ここに、たった一人で立っている。どんなにたくさんの人の中に埋もれていたとしても、肉体はもとより、意識は常に独立して存在し続ける。


その単独の人間は、他人の心の中に、直接的に入り込むことはできない。しかし、自身の脳内ネットワークと全神経を研ぎすますことで、相手の心を推し量ることはできる。完全に知ることはできないにしても、どこまで推し量って、その人の心を感じることができるのか。その深さが、人間の成熟と直結しているのは明らかだ。容易には目に見えないものを、推し量って見る目こそが、成熟した人間の瞳の本質なのだろう。


さて、そういった意味でも、目に見えにくい地球という環境の叫びは、人類に成熟を問うてきた。しかし、現実として、”目に見えない段階”はとうに過ぎ去ってしまった。


もはや異常気象は、人間が目をそらしたくなるほどの状況である。そして、地球温暖化の波は、目の前の温度計と、天気予報で示される最高気温によって、状況を端的に私たちに突きつけている。


さて、このような状況に確実なるインパクトを与える動きこそが、この”共有の波”だ。


私たちの生活は、”消費の増加”という単純概念を超えたところで昇華、成熟させていかなればならない時に来ている。